職場と事業を守るハラスメント対策完全ガイド

弁護士・稗田氏によるパワハラ・カスハラ対策セミナー詳報

なぜ今、ハラスメント対策が経営の最優先課題なのか

ハラスメント対策は、もはや単なるマナーや倫理の問題ではありません。平成30年の労働政策総合推進法の改正により、パワハラ防止措置は令和4年から中小企業や個人事業主を含むすべての事業主にとって法的義務となりました。さらに、顧客からの理不尽な要求であるカスタマーハラスメント、いわゆるカスハラについても、2026年10月までにすべての事業主に対策が義務化される見通しです。

ハラスメントを放置することは、高額な損害賠償、従業員の離職、さらには企業ブランドの崩壊を招く経営リスクそのものです。たとえば従業員が数名の小さな整体院であっても、タクシー会社であっても、学習塾であっても、この法律は等しく適用されます。本セミナーでは、これらのリスクをどう回避し、健全な組織を維持すべきかが具体的に語られました。

稗田 崇宏(ひえだ たかひろ)氏
至道法律事務所神戸オフィス
弁護士、保育士

  • 京都府福知山市出身。京都大学法学部卒業、京都大学法科大学大学院終了。
  • 京都大学法科大学院非常勤講師、兵庫県弁護士会子どもの権利委員会(副委員長、児童福祉部長)、京都府商工会連合会エキスパート
  • 兵庫県弁護士会のYouTubeに出演中!

受講をおすすめする業種と立場、セミナーの難易度

  • 介護・福祉業界: 利用者本人だけでなく、その**家族からの理不尽な要求(カスハラ)**が発生しやすい傾向にあります。また、現場での身体的攻撃を避けるための緊急時の対応判断も重要です。
  • 教育・保育業界: 「モンスターペアレント」と呼ばれる保護者からの無理な謝罪要求などが社会問題化しており、担任や校長が不適切な対応をして訴えられるケースも紹介されています。
  • 小売・サービス業(スーパー、コンビニ、飲食店など): 不特定多数の顧客と接するため、商品の欠陥を口実にした不当な金銭要求や長時間の拘束などのカスハラに直面するリスクが非常に高い業種です。
  • IT・専門職: 特定のスキルを持つ部下が上司に対して優越的な立場に立つ「逆パワハラ」が発生しやすい環境として言及されています。
  • 建設・現場作業: 言葉遣いが荒くなりやすい文化がある一方で、法的・社会的な基準(平均的な労働者の感じ方)とのギャップによりパワハラと認定されるリスクがあります。 フリーランス・下請業者: 発注者との関係で、無理な業務追加や急な納期設定などのトラブルが起きやすく、自身の身を守るための防衛策(フリーランス法など)を知る必要があります

  • 経営者・事業主: 組織として「ハラスメントを許さない」という基本方針を明確にし、相談窓口の設置やマニュアル整備などの法的義務(防止措置)を果たす責任があります。
  • 管理職(中間管理職): 現場でのトラブル発生時に、組織的な対応の窓口となり、冷静な判断を下す役割を担います。
  • 一般従業員: パートや契約社員、派遣労働者も含め、自らが被害者にも加害者にもならないための「リーガルマインド」を養うことが求められています。

このように、このセミナーは顧客や従業員との接点があるすべてのビジネス現場において、法的リスクを回避し、健全な労働環境を維持するために不可欠な内容を網羅しています。

★★☆☆☆(比較的易しい、入門的)

専門用語を避け、直感的に理解できる工夫

法律(労働政策総合推進法など)におけるハラスメントの定義は「正確に書きすぎていてよくわからない」と講師自身が述べており、受講者が定義を暗記する必要はないとしています,。その代わりに、以下のようなシンプルな判断基準を提示しています。

  • 「2つの軸」での整理: パワハラもカスハラも、基本的には「業務上の必要性(内容の妥当性)」と「手段の相当性」という2つの軸で判断できると簡略化して教えています
  • キーワード化: カスハラ対策については「組織的対応」と「毅然とした対応」という2つのキーワードだけを覚えて帰ればよいと、学習のポイントを絞り込んでいます

セミナーの内容

第一部:パワーハラスメントの深層理解と法的境界線

パワハラの定義を正しく理解する

法律上のパワハラの定義は正確に書きすぎていて分かりにくいと稗田弁護士は指摘します。重要なのは、三つの要素をすべて満たすかどうかです。一つ目は優越的な関係を背景とした言動であること、二つ目は業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、そして三つ目は就業環境が害されるもの、つまり平均的な労働者の感じ方を基準として判断されることです。

特に優越的な関係については注意が必要です。上司から部下への言動だけでなく、たとえばその人がいないとIT関連の仕事が回らないといった専門知識を持つ部下から上司への逆パワハラも含まれます。運送会社で配車システムに詳しい若手社員が、システムを理解していない上司に対して高圧的な態度を取るようなケースも、パワハラに該当する可能性があるのです。

何がアウトで何がセーフなのか:6つの類型から学ぶ

厚生労働省が定める六つの分類に基づき、何がアウトで何がセーフなのか、具体的な判断基準が示されました。

まず身体的攻撃です。報告書を投げつける、椅子を蹴るといった行為は、たとえ当たらなくても業務上の必要性がないためパワハラとなります。ただし、爆発しそうな現場で火をつけようとする部下を止めるために突き飛ばすといった緊急事態には、必要性と相当性が認められます。ガソリンスタンドのような危険物を扱う現場では、こうした緊急時の対応が正当防衛として認められることを知っておくことが重要です。

次に精神的攻撃です。アホ、死ね、給料泥棒といった人格否定は一発アウトです。また、他の従業員のいる前での見せしめのような叱責や、メールのCCに大量の人間を入れて吊るし上げる行為も強く戒められました。学習塾で講師が生徒の前でミスを指摘されるようなケースも、状況によってはパワハラに該当する可能性があります。

三つ目は人間関係からの切り離しです。ミーティングに呼ばない、資料を渡さない、別室に隔離するといった行為です。福祉事業所のように チーム連携が重要な職場では、特に注意が必要な類型といえます。

四つ目は過大な要求です。明らかに遂行不可能な業務を強いることです。また、ミスの反省文において、能力不足や人格的な反省を強要することは法的リスクを伴います。稗田弁護士は、反省文を書かせること自体は問題ないが、内容は業務上の改善点に限定すべきだと強調しました。

五つ目は過小な要求です。管理職を辞めさせるために、一日中コピー取りやシュレッダー係を命じるなど、仕事を与えない干す行為です。これは一見すると楽な仕事を与えているように見えますが、実は人の尊厳を傷つける深刻なハラスメントなのです。

最後は個の侵害です。意外と見落としがちなのが、プライバシーの侵害です。不妊治療の予定を皆の前で聞き出すといったデリカシーのない行為もパワハラに含まれます。小規模な職場ほど、こうした私的な情報が無意識に共有されやすい傾向があるため、特に注意が必要です。

パワハラがもたらす賠償リスクの現実

パワハラによって従業員がメンタル不調に陥ったり、最悪の事態に至った場合、会社が負う責任は甚大です。休業損害や逸失利益として、本来得られるはずだった給与を賠償する必要があります。若年層の場合、数千万円から数億円に達することもあります。さらに重要なのは、加害者個人だけでなく、会社も連帯して賠償責任を負うという使用者責任の原則です。

実際の裁判例では、うつ病発症で330万円、自殺に至ったケースでは3,600万円の賠償が命じられた例が紹介されました。従業員数名の小規模事業者にとって、この金額は事業の存続に関わる重大なリスクです。


第二部:カスハラ対策の決定版 組織を守る4ステップ

カスハラの正体:内容の妥当性と手段の相当性

カスハラは、顧客の要求が正当であっても、そのやり方が社会通念を超えていれば成立します。内容が不当な場合とは、欠陥がないのに返金を求める、土下座を強要するなどのケースです。一方、手段が不当な場合とは、正当なクレームであっても、三時間の拘束、大声での恫喝、SNSへの晒し、従業員個人への攻撃などが該当します。

整体院や接骨院のような個人経営の事業所では、患者さんとの距離が近いがゆえに、こうした理不尽な要求に直面しやすい面があります。また、学習塾では保護者からの過度な要求が、カスハラに該当することもあります。

重要判例:甲府地裁が示した教訓

学校現場でのカスハラ事案が紹介されました。理不尽な保護者の要求に屈した校長が、担任に無理な謝罪を強いた結果、校長が部下を守らず不適切な対応をしたとして、会社側、つまり自治体側のパワハラ責任が認められました。これは、顧客の顔色をうかがって従業員を犠牲にする対応が法的にも誤りであることを示しています。

この判例は、事業主にとって極めて重要な示唆を含んでいます。つまり、理不尽な顧客の要求に屈して従業員に無理を強いることは、従業員に対するパワハラとして会社が訴えられるリスクがあるということです。顧客対応と従業員保護のバランスを取ることが、経営者の責務なのです。

実践できる対応の4ステップ

現場での対応は、四つのプロセスを着実に進めることが鉄則です。稗田弁護士はこれを聴取、調査、方針決定、回答という流れで説明しました。

聴取
まず聴取の段階では、いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのようにという5W1Hを意識し、事実と評価を区別して聞き取ります。お客様が怒っていたという表現は評価です。事実は、お客様が大声を出した、テーブルを叩いたといった具体的な行動として記録する必要があります。
調査
次に調査です。防犯カメラ、日報、現物を確認します。現場、現物、現実という三現主義が重要です。タクシー会社であればドライブレコーダーの映像、ガソリンスタンドであれば防犯カメラの映像が決定的な証拠になります。証拠がない中で対応すると、水掛け論になってしまいます。
方針決定
三つ目は方針決定です。組織として、ここまでは応じるが、ここからは応じないというラインを決めます。従業員個人の判断に委ねず、組織として統一した回答を用意することが重要です。小規模事業所では、経営者自身が最終判断者となりますが、可能であれば商工会の相談窓口や顧問弁護士に事前に相談することも有効です。
回答
最後は回答です。決定した方針を伝えます。ここで重要なのは、相手が納得していなくても、平行線のまま膠着状態に持ち込むことが正解だということです。無理に落とし所を探る必要はありません。多くの事業者は、何とか相手に納得してもらおうと譲歩を重ねてしまいますが、それが更なる要求を生む悪循環になります。

現場で使える魔法のフレーズとテクニック

誠意を見せろという要求への対応について、稗田弁護士は具体的なフレーズを示しました。「認識の相違があってはいけませんので、具体的にどのようなことをご希望でしょうか」と問い返し、相手に具体的なカードを切らせるのです。多くの場合、相手は具体的な要求を言葉にできず、曖昧な対応を続けることが難しくなります。

道義的謝罪の活用も重要なテクニックです。責任は認めないが、不快な思いをさせたことに対してのみ謝罪し、法的責任の安易な認諾を避けます。申し訳ございませんと言う代わりに、ご不快な思いをおかけして申し訳ございませんという表現を使うことで、事実関係の責任を認めることなく、顧客の感情に配慮することができます。

30分ルールも実践的なテクニックです。対応時間は30分を上限とし、それを超える場合は別の予定を理由に打ち切ります。ノックして付箋を渡すなどの組織的な連携で、担当者を救出します。小規模事業所では、事前に近隣の事業者や商工会の仲間と協力体制を作っておくことも有効です。電話一本で駆けつけてもらえる関係性があると、孤立感が軽減されます。

録音の有効活用も示されました。面と向かっての録音は、たとえ無断でも裁判上の証拠になります。会社の方針で一律に録音していますと伝えることで、相手の暴言を牽制できます。近年はスマートフォンの録音機能で簡単に記録できますので、カスハラが予想される対応の際には、必ず録音を開始することを習慣化すべきです。


第三部:ネット社会における風評被害と防衛策

インターネット上、特にGoogleマップなどの口コミサイトでの悪意ある書き込みへの対処法も詳しく解説されました。

まず証拠保全です。スクリーンショットだけでなく、URLが記録される形式で印刷します。スクリーンショットは改ざんの可能性を疑われることがあるため、ブラウザのURL欄まで含めた形で記録することが重要です。

次に削除依頼です。プラットフォームへの申請や、法的措置として仮処分を検討します。ただし、Googleなどは削除に応じにくいのが現状です。明らかな虚偽であっても、表現の自由を理由に削除されないケースが多く、事業者にとっては歯がゆい状況が続いています。

発信者情報の特定については、ログの保存期間が約三か月というタイムリミットがあるため、特定を望むなら迅速な行動が必要です。この期間を過ぎると、誰が書き込んだのかを特定することが事実上不可能になります。

逆SEO対策も紹介されました。良い口コミを集める、新しい情報を発信するなどして、ネガティブな情報を目立たなくさせます。ただし、偽の口コミを自ら作成するステルスマーケティングは厳禁です。これは景品表示法違反となり、新たな法的リスクを生むことになります。


第四部:組織体制の整備とリーダーの役割

ハラスメント対策の本質は、マニュアルを作ることだけではありません。トップがハラスメントを許さないという明確なメッセージを発信し続けることに尽きます。

相談窓口の形骸化を防ぐことも重要です。窓口担当者が知識不足では意味がありません。厚生労働省の動画などを活用した教育が必要です。小規模事業所では、商工会の相談窓口を外部窓口として活用することも一つの方法です。従業員が社内の人間には相談しにくい場合でも、外部窓口があることで早期発見につながります。

エスカレーション基準の明確化も大切です。このキーワードが出たら上司に代わる、30分経ったら報告するといった基準を設けることで、従業員は安心して対応できます。たとえば、土下座、SNS、弁護士、マスコミといった言葉が出たら、即座に責任者に報告するというルールを作っておくと、現場の負担が大きく軽減されます。

従業員の心のケアも忘れてはなりません。万が一被害に遭った場合、警察への被害届提出を会社が支援する、シフトを変更するなどの具体的な保護措置が必要です。タクシー会社であれば、カスハラを受けたドライバーを一時的に内勤に回す、学習塾であれば問題のある保護者の生徒を担当から外すといった配慮が考えられます。


質疑応答から:問題社員への対応と下請・フリーランスの悩み

セミナーの最後には、参加者からの切実な質問が飛び交いました。

問題社員をやめさせる方法についての質問では、感情的に辞めろと言うのは解雇となりリスクが高すぎると稗田弁護士は警告しました。業務日誌を細かくつけさせる、指導を記録に残すといったプロセスを積み重ね、自発的な退職を促す退職勧奨が現実的なアプローチです。日本の労働法では従業員の保護が非常に強いため、解雇は最終手段であり、それまでに改善指導の記録を丁寧に積み上げることが不可欠です。

取引先からのカスハラについても質問がありました。特にフリーランスや下請の立場では、立場の弱さから無理な要求を飲まされがちです。しかし、フリーランス新法や下請法を理屈として使い、業務内容と金額を明確に事前定義することが最大の防御になります。コンサルタントとして独立した場合でも、契約書で業務範囲を明確にしておくことで、後から追加業務を無償で求められるリスクを回避できます。


おわりに:法律を味方につけて、誰もが安心して働ける職場を

ハラスメント対策は、会社が従業員を守るための盾であり、同時に会社が従業員から訴えられないための鎧でもあります。適切な防止措置を講じていれば、万が一裁判になっても、会社は安全配慮義務を尽くしていたとして勝訴できる可能性が高まります。

本セミナーで共有されたリーガルマインドと具体的なテクニックを、明日からの業務に反映させることで、誰もが安心して働ける職場環境を構築していきましょう。運送会社であっても、学習塾であっても、整体院であっても、福祉事業所であっても、業種を問わずすべての事業者に共通する課題です。商工会の仲間と情報を共有し、互いに支え合いながら、この課題に取り組んでいくことが大切です。


※このリポートは、実際のセミナーでの弁護士による解説に基づき作成されています。個別の事案については専門家である弁護士への相談をお勧めします。長岡京市商工会では、会員向けの法律相談窓口も設けておりますので、ご不明な点がございましたらお気軽にご相談ください。

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